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コラム2
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「写真を語ろう」  

全日本写真連盟理事 福永友保

 

写真の見方と見せ方。あまり、言葉にとらわれずに理解を深めることにします。スーザン・ソンタグ著の「写真論」に興味ある記述があり、要点を記します。

「写真が一般に評価されるときの言葉はきわめて貧弱である。構図、明るい部分など、絵画の語彙に寄生していることもある。(中略)言葉が貧しい理由は偶然ではない。つまり、写真批評の豊かな伝統がないということである」

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まったく同感です。一部のジャンルでは、明確な評価基準を有しております。しかし、抽象的なジャンルやスナップと呼ばれるジャンルでは被写体が素晴らしいとか、技術が優れている等々で、表現の価値判断の主課題にはなかなか触れられません。絵画や彫刻など長い歴史をもつ芸術の先輩たちは、作家同士の論争や評論家、画商などの鋭い目によっての評価の歴史を持っております。それらの環境が芸術的な存在に対しての「見る目」を、大きく育ててきたのは間違いありません。

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現実には,どのような方法があるのでしょうか。まずは、作品に対して自由闊達な議論が必要でしょうか。
作品を見て感じることを述べるのです。素直に感じたままを言葉にすることです。作者の思いと違っていたら・・・・。全然かまいやしません。作者の思いがにじみ出ていれば、そちらに誘導できたでしょう。作者も、作品への感想に耳を傾けることが自作の完成度を高めることにつながるでしょう。

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たとえば作者Aと愛好家Bの会話を聞いてみましょう。
A「いかがでしょうか、この作品の感想をきかせていただけますか?」
B「感想を言うほどのキャリアはないのですが、感じた事でよろしければ」
A「どうぞ、感じたままにお願いします」
B「静寂の中にある緊張感が好きですね」
A「静かな感じは意識したのですが、あとは美しさを求めたので、緊張感があるのは意外でした」
B「美しさは当たり前に存在しています。それらが何を感じさせるかですね」
A「ありがとうございます。参考になりました。」

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作者Aは一人になって考えました。「製作意図とは違う感想を言われたが、確かに作品を見直すと〈緊張感〉が漂っているなあ。これをもっと大事に表現したほうが良かったかも・・・・」
このようなやり取りが盛んになれば、芸術としての写真がにぎやかになり、絵画の歴史が示してくれたように芸術の存在感を大きくしてくれるのではないでしょうか。

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